流産後、夫婦関係がどこかぎくしゃくしてしまった。
妻は深く落ち込み、夫は仕事へ戻る。妻から見ると、夫だけが普段の生活へ戻ったように見える。夫は夫で、「自分まで落ち込んだら支えられない」と悲しさを飲み込む。会話が減り、同じ家にいるのに、二人とも一人で耐えているような時間が続く。
僕たち夫婦も、結婚してまだ1年もたっていない頃に流産を経験しました。絶望でした。お互いの仕事もうまくいっておらず、夫婦というより、まだ少しカップルの延長にいた時期です。
妻の悲しみは、僕の想像をはるかに超えていました。だから僕は、自分の悲しみを出してはいけないと思い、気丈に振る舞おうとしました。けれど、仕事も生活もへとへとになり、「僕も悲しい」とこぼせる相手がいないことに、いつの間にか孤独を感じていました。
流産後に夫婦の温度差を感じても、どちらかの愛情が足りないと決まったわけではありません。
- 妻と夫は、同じ喪失を経験しても悲しみ方が違う
- 夫が平静に見えるのは、支える役を背負っている場合がある
- 直後に気持ちを全部話せなくても、関係が壊れたとは限らない
- 夫婦だけで抱えきれない時は、それぞれ別の相談先を持ってよい
同じ強さ、同じ速さで悲しむ必要はありません。必要なのは、相手の悲しみ方を「冷たい」「重すぎる」と決めつけないことです。
流産後に夫婦関係がぎくしゃくするのは、珍しいことではない
流産や死産は、単に妊娠が終わることではありません。二人が思い描き始めた未来との死別でもあります。
こども家庭庁は、流産・死産などを含む「こどもとの死別」は、近親者との死別の中でも悲嘆が強く、対応が難しいと説明しています。令和2年度の調査では、経験した女性の93.0%が、分かった直後を「非常に辛かった・まあ辛かった」と回答しました。6か月後にも51.2%、1年以上たっても32.2%が辛さを感じていました。
同調査では、回答者の73.3%が「パートナーにも辛さが大いに、またはまああったと思う」と答えています。一方、「パートナーはその辛さを誰かに話したり相談したりしていたか」について、41.7%は「しなかった」と回答しました。
国の支援資料でも、パートナーや家族も悲嘆の当事者であり、女性の辛さを受け止めようとして無理をしている場合があると明記されています。
これは、妻の身体的・精神的な負担と夫の負担が同じ、という意味ではありません。妊娠による身体の変化、診察や処置、その後の体調まで経験する妻の痛みは、夫には完全には分かりません。
ただ、妻の方が辛いからといって、夫の悲しみが存在しなくなるわけでもありません。この二つを比べて順位をつけようとすると、夫婦のどちらも話せなくなります。
身体の変化も喪失も自分の中で起きた。夫が仕事や日常へ戻ると、私だけが取り残されたように感じる。
妻の悲しみが大きすぎて、自分まで崩れてはいけない。何を言っても傷つけそうで、平静を装う。
妻には「悲しんでいない」、夫には「何も言えない」。この誤解が距離を広げます。
僕は妻を支えようとして、自分の悲しみを押し込んだ
流産が分かった直後、妻は絶望の中にいました。僕も悲しかった。でも、目の前の妻の悲しみが想像を超えすぎていて、僕の気持ちを出すことはできませんでした。
「自分がしっかりしなければ」「普段どおりに動かなければ」。そう考えて、なるべく一緒にいる時間を増やし、気丈に振る舞おうとしました。
けれど、僕たちはまだ、苦しい時に格好悪い自分まで見せられる夫婦にはなっていなかったのだと思います。恋人として楽しい時間は過ごせても、二人とも沈んだ時にどう寄りかかればよいか分からなかった。
妻に言えば、さらに負担をかける気がした。友人や職場には、妊娠のこと自体を詳しく話していない。結果として、支える側でいようとするほど、僕自身は一人になっていきました。
こども家庭庁の支援資料には、男性は社会から女性を支えることを期待され、「自分まで落ち込んではいけない」と気丈に振る舞う場合があると書かれています。そして、その姿が女性には思いやりのない態度と誤解されることがある、と。
資料を読んだ時、あの頃の僕たちのことだと思いました。
マタニティマークを、妻より先に見つけようとしていた
流産直後は、外へ出るだけでも気が抜けませんでした。電車や店でマタニティマークをつけた人が近くにいると、妻が気づくより先に僕が見つけようとしていました。
見つけたら、なるべく妻の視界に入らない位置へ動く。間に立つ。別の方向を見るように話しかける。少し遠回りできるなら、道を変える。完全に避けることはできなくても、失ったばかりの赤ちゃんを突然思い出す回数を、少しでも減らしたかったのだと思います。
本当は、僕も見たくありませんでした。マタニティマークを探していたのは平気だったからではなく、自分も傷つくものを先に見つけ、妻へ届く前に受け止めようとしていたからです。
もちろん、すべての人が同じように避けてほしいわけではありません。勝手に行動を制限するのではなく、「今は妊婦さんや子どもが多い場所を避けたい?」「見かけた時は何も言わない方がいい?」と、本人の希望を聞くことが大切です。
流産後に病院、公園、実家などが辛くなった時のことは、流産した妻が行きたくない場所6選にもまとめています。
夫婦の温度差が生まれる5つの理由
「夫は悲しくない」「妻はいつまで引きずるのか」と結論づける前に、二人の間で何が起きているかを分けて考えてみてください。
身体で経験した喪失ではない
夫は、妊娠や処置を身体で経験しません。頭では分かっていても、妻と同じ実感にはなりにくく、悲しみが表れる時期にも差が出ます。
支える人でいようとする
泣かずに手続きをする、食事を用意する、仕事へ行く。行動で支えようとするほど、妻からは気持ちが見えなくなることがあります。
悲しみを言葉にする文化が少ない
男性は「弱音を吐かない」「家族を守る」と教えられがちです。自分の感情に気づいても、誰へどう話せばよいか分からない場合があります。
日常へ戻る速さが違う
夫は職場へ戻り、周囲から普段どおりを求められます。妻には、身体の回復や通院、妊婦や子どもを見た時の揺れが続くことがあります。
相手を守ろうとして、本音を隠す
「これ以上つらくさせたくない」と、二人とも本音を伏せます。優しさから始まった沈黙でも、長く続くと孤独へ変わります。
悲しみの差は、愛情の差とは限りません。夫婦関係を戻す最初の一歩は、「同じ気持ちになって」と求めることではなく、違う悲しみ方が同じ家の中にあると認めることです。
流産直後に、夫婦で無理に話し合わなくてもいい
夫婦の記事では「本音を話しましょう」と簡単に書かれます。でも、喪失の直後は、話すための言葉そのものがありません。
僕たちも、その時にきれいな対話ができたわけではありません。一緒にいる時間を増やした。それでも壁は残った。今振り返れば、あの時の僕たちに必要だったのは、すぐに夫婦関係を改善することではなく、今日を何とか終えることだったと思います。
答えを出さずに伝えられる言葉
- 何を言えばいいか分からないけど、ここにいるよ
- 話したくなったら聞く。今日は話さなくてもいい
- 僕も悲しい。でも、あなたの辛さを奪いたいわけじゃない
- 今は食事と連絡だけ僕がやるね
急いで言わない方がよい言葉
- また次があるよ
- よくあることだから
- いつまで落ち込んでいるの
- 前向きになろう
- 僕だって辛いんだから
「僕だって辛い」は本当の気持ちでも、相手の悲しみを止めるために使うと、痛みの競争になります。伝えるなら、少し落ち着いた時に「君の方が辛いと思って言えなかったけれど、僕も悲しかった」と、自分の内側の話として置く方が伝わりやすいです。
妻側から伝えるなら、夫の気持ちを決めつけず、自分にどう見えたかを主語にします。
夫婦の会話は、三つの時期に分けていい
一度の話し合いで全てを整理する必要はありません。気持ちは直線的に回復せず、記念日や周囲の妊娠報告で揺れ戻すこともあります。
生活を支え、結論を出さない
食事、連絡、通院、仕事の調整など、今日必要なことを小さく分担します。理由探しや次の妊娠の話は急ぎません。
相手の悲しみ方を聞く
「今、してほしくないことはある?」「一人でいたい時と、一緒にいてほしい時を教えて」と、正解ではなく希望を確認します。
二人の出来事として振り返る
当時言えなかったこと、助かったこと、傷ついた言葉を少しずつ話します。何年後でも構いません。
僕たちも、時間がたってから「あの時は大変だったよね」と話せるようになりました。直後に完全に分かり合えたわけではありません。それでも、後から二人の記憶として振り返れたことで、あの時の孤独は少し形を変えました。
夫は妻以外に悲しみを話してもいい
妻の悲しみを受け止めながら、自分の悲しみまで妻だけに受け止めてもらおうとすると、二人とも苦しくなる場合があります。
信頼できる友人、家族、職場の相談窓口、医療機関、自治体の相談先。妻と同じ人に相談する必要もありません。夫婦それぞれに、別の支えがあってよいのです。
眠れない、食べられない、仕事や家事が続けられない、強い自責や絶望が続く。こうした時は、夫婦の会話だけで解決しようとせず、医療機関や相談窓口につながってください。
「妻の方が辛いから、自分は相談するほどではない」と比べる必要はありません。二人とも支援を受けてよい当事者です。
こども家庭庁の「流産・死産等を経験された方へ」では、都道府県ごとの相談窓口や、利用できる支援制度が案内されています。緊急性がある場合や、自分を傷つけたい気持ちがある場合は、ためらわず医療機関や地域の緊急相談へ連絡してください。
その後、妻は働き方を変えて僕を支えてくれた
流産の後、僕たちはすぐに強い夫婦になったわけではありません。お互いに仕事もうまくいかず、僕はその後、体調を崩して満足に働けない時期を経験しました。
正直、離婚されても仕方がないと思いました。働けない自分を、妻がどう見るのか怖かった。
けれど妻は離れませんでした。役職と収入が上がっていく可能性のある職種から、勤務地を変え、一般事務の仕事へ移りました。会社にも僕の状態を伝え、自分で考えて働き方を変えてくれました。
もちろん、僕には申し訳なさや負い目があります。ただ、妻も当時の仕事で精いっぱいだった。今振り返ると、どちらか一人が夢を諦めたというより、二人とも限界だった環境を、家族が暮らせる形へ組み替えたのだと思います。
今も僕たちは同じ会社で働いています。それが最善だったかは分かりません。でも、安定した暮らしは送れています。
「おかえり、父ちゃん」が聞ける生活
その後、子どもが生まれました。僕は病気で満足に働けなかった一方、その時間を子どもと過ごすことができました。
回復した後も、仕事をひたすら頑張り、出世して、もっとお金を稼ぐことが人生の中心には戻りませんでした。身の丈に合った、生活に困らない程度のお金があって、家族との時間を持ち、子どもの成長を近くで見たいと思うようになりました。
毎日、子どもが起きている時間に帰る。「おかえり、父ちゃん」と息子に迎えられる。妻が子どもを叱り、大きな声が響いている日もある。静かでも整ってもいないけれど、そんな日常も悪くありません。
流産に意味があったとは、今でも言いたくありません。失わなくてよかった命なら、その方がよかった。病気も、しないで済むならその方がよかった。
ただ、何も起きなかった人生では気づかなかった価値観が、僕たちの中に残りました。いい時に仲がいいだけでなく、悪い時に互いの生活を組み替え、支え合えること。それが、夫婦として暮らし続ける土台になっています。
流産後の夫婦関係でよくある質問
流産後、夫が悲しんでいないように見えます
悲しみがないとは限りません。仕事へ戻る、手続きをする、平静に振る舞うことが夫なりの対処の場合があります。ただし、あなたが孤独を感じていることも事実です。「悲しくないの?」と責めるより、「普段どおりに見えて、私だけ取り残されたようで寂しい」と自分の感覚を伝えてみてください。
夫も「自分も悲しい」と妻に言ってよいですか?
言って構いません。ただ、妻の悲しみを止めるための「僕だって辛い」ではなく、自分の気持ちを共有する形にします。「あなたの方が辛いと思って言えなかったけれど、僕も悲しかった」と伝えると、痛みの比較になりにくくなります。
夫婦で話すと喧嘩になります。距離を置いてもよいですか?
一時的に別の部屋で休む、一人になる時間を決めることは、関係を諦めることとは違います。「今日は話せない。明日の夜に10分だけ話したい」と戻る時間も伝えておくと、見捨てられた感覚を減らせます。暴言や暴力がある場合は、安全を優先して第三者へ相談してください。
いつまで悲しむのが普通ですか?
悲嘆の期間や表れ方には個人差があり、期限は決められません。国の調査でも、1年以上たって辛さを感じる人がいます。時間の長さだけで判断せず、眠れない、食べられない、日常生活が保てない状態が続く場合は、医療機関や相談窓口を利用してください。
次の妊娠について、いつ話せばよいですか?
身体面の判断は主治医へ確認してください。夫婦の気持ちは同じ時期に整うとは限りません。「次をどうする?」と結論から聞くより、「今、次の妊娠の話をしても大丈夫?」と話題にする許可を確かめるところから始めます。
夫婦だけで立て直せないのは、関係が弱いからですか?
違います。流産や死産は、夫婦だけで抱えるには大きすぎる喪失になり得ます。二人が別々の相談先を持つ、夫婦で相談窓口を利用することも、関係を守る行動です。
流産後、夫婦関係がぎくしゃくしたからといって、二人の結婚が間違いだったわけではありません。
妻には妻の、夫には夫の、外からは見えない悲しみがあります。同じように泣けなくても、同じ時期に前を向けなくても構いません。直後に話せなかったことを、後から「あの時は大変だったね」と話せる日もあります。
相手の悲しみを自分一人で消そうとしないこと。自分の悲しみも、なかったことにしないこと。夫婦だけで抱えきれなければ、別々の誰かへ頼ること。
二人の悲しみを同じ形にそろえるのではなく、違うまま同じ家に置いておけること。そこから、夫婦の時間は少しずつ動き始めます。